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福祉とか心理とか語学とか読書とか

ツッコミ力を鍛える事例検討~ゲーム機をバキバキする家庭の事例~

雑談
 
 ヘラヘラしながらツイッターをいじっていたら、豪快すぎる子育て術がTLに流れてきた。おそるおそるコラムを読むと、どうやら子どもが家庭内ルールを破ったり、宿題をしなかったりした結果、罰として子どもの携帯ゲーム機を壊してみせたという。
 
 まず最初に思ったのは、ドラえもんジバニャンのシールが所狭しと貼られたニンテンドー3DSが、ただの残骸となった写真をそのまま載せて、任天堂小学館に怒られないのか心配だということ。まぁそれはどうでもいいが、次に目についたのは、親子間の会話の不自然さである。そりゃ100%論理的に整合性のとれた会話をしている親子がいるはずもないが、それにしてもこのコラムの、母親の会話と行動が一足飛びに進行している感じが妙なのだ。Togetterでは『貰い物を壊すな』とか『将来子どもに倍返し喰らう』だとか騒がれているが、今回はあくまで親子間の会話に着目する。
 
 というのも、「新聞の生活面などに載ってる人生相談にツッコミを入れる」のがひそかなマイブームだからである。淡々と事実や感想を述べていく天声人語的コラムと比べ、人生相談は誰かに喋りかける文体(=会話文)であることが多く、「いやいやそれちゃうやろ」「オレならこう言うわ」とツッコむ余地が残されている。ともあれ、他人の人生や暮らしに、外野から口を出しているようなもの、おおっぴらに言える趣味ではない。でもなかなかおもしろい。ついやっちゃう。
 
 話を戻そう。紙面の都合もあるだろう、実際には書ききれないこと、省いたことも多々あるだろうが、コラムの文章だけから判断しても「その時ああしておけば」と近所のオバちゃんよろしく、おせっかいでツッコミを入れたくなる。とはいえ、自分が同じ親の立場であったら、同じようにゲーム機をバキバキしないとも言い切れない。ただ、いくら子どもの所有物を壊す衝動に駆られても、実際に行動に移す前後の会話だけは努めて論理的でありたい。今回は、自分が抱いたモヤモヤを言語化する練習だと思って、以下に書き出してみる。

ツッコミケース1 

本来ゲームをしてはいけない時間帯に、宿題を済ませずゲームをしていた子ども

子「だって、宿題だいたい終わったんだもん」

母「だいたいってことは、全部終わってないんでしょ?」

子「[小さい声で]終わってない……。」

母、怒り狂ってゲーム機を破壊する。

今回のツッコミ→オレが母ならこう言った

母「お母さんと決めたルールってどんなだったっけ?」→ルールの再確認を暗喩

母「だいたい、ってどのくらい?10で完成ならどのくらい?7?8?」→スケーリングクエスチョン。8以上なら今すぐゲームを止めさせて完成させるよう促す

母「いつもと違って、なんで今日にゲームしたくなったの?」→一応やむを得ない理由があるかどうか確認

母「コンサート終わりで疲れてるときに、ルールを破ってる姿は見たくなかったの」→率直に怒りの理由を告げる

感想:なるべくオープンクエスチョン*1を心がけた。「なんで~」系は詰問になるので控えたいところ。以前から子どもがルールを守らないことに、母親も我慢の限界だった可能性もある。

ツッコミケース2

破壊したゲーム機を前にしたやりとり

母「自分で働いたお金で買ったゲーム機を自分で壊す気持ち、あなたに分かるの?あなたはゲームが一生できないことを嘆くより、ママからもう二度と信用されないということを心配しなさい!」

子「どうしたらいい?」

母「自分で考えなさい。もうあなたを信用しないから、どうやって信用を取り戻すかを考えなさい!」

今回のツッコミその1→オレが子ならこう言った

子「ゲーム機は自分で働いて買うものってこと?」

子「その壊す気持ちをわかるためにはどうすればいいの?」

子「ゲームが一生できなくなるってどういうこと?」

子「お母さんの考える『信用』ってどんな意味なの?」→定義の再確認

感想:こんなに冷静な子どももいないだろうけど……。でも、上記の発言に逆上するような親であれば、間違いなく要支援案件だと思う。

 

今回のツッコミその2→オレが母ならこう言った

母「お母さんの考える『信用』ってどんな意味だと思う?」→定義の再確認

母「もう一度ゲームをするためには何が必要だと思う?」→直近の目標を確認

母「ゲーム機を壊しちゃったのはごめんね。でも、なんでお母さんがゲームを壊したんだと思う?」→両成敗を示唆、現状の確認

感想:そもそも「もうあなたを信用しない」と宣言しているのに「どうやったら信用を取り戻せるか」という発言が矛盾してるのでツッコミ入れるのが難しい……。

 

 今回のコラムでは、たまたまアメとムチでいう「ムチの面」しか紹介されていない。もしかしたら、普段は子どもに、ゲーム以外の娯楽を湯水のように与えてるかもしれないし……。また本人のツイッターによれば、次男に対しては3DSを改めて買い直しているらしい。とはいえ、今回の一件にて「ルールを破ってまでゲームをしていた理由」をしっかり確認せずに、きわめて衝動的な行為でもって子どもを罰したことへの違和感は未だに拭えない。ゲーム機を壊すことが道義的に正しいかどうか、というより、親と子どもの双方が結果に納得できるかどうかが大切だと思うんだよね。そこで、納得の程度を強める手段として、論理的な会話が必要なんじゃないかな、と。

*1:Yes/Noで答えられない質問