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医療福祉関係者に読んでほしい『ハーモニー』は措置的生存権の物語

 伊藤計劃の『ハーモニー』読了。前作の『虐殺器官』に引き続き、科学の叡智と人間のエゴを組み合わせるとこんな世界ができました的小説である。すごく陳腐な言い方をすればセカイ系近未来SFなのだろう。しかし、世界の終末を核戦争などといった明らかなシンボルで表現せず、誰にも気づかれないやりかたで、現代社会の首を真綿で締めていくような、静かな革命転覆劇として描いているところに作者の才能を見いだせる。

 

 『虐殺器官』は読んでる最中からどんどんイメージがふくらむ小説だったが、読後感は驚くほどあっさりしていた。「言葉の持つチカラ」を突き詰めた世界観には圧倒されたが、どこか作者のなかで完結している印象があり、読者がやいのやいのと茶々を入れる余地が少なかった。翻訳小説を意識した文体もまた、SF小説はかくあるべき、というわざとらしさが感じられた。

 

 一方、『ハーモニー』は読み終えてからイロイロと考えさせられる。HTMLだかXMLだかわからないプログラミング的文体や、要所要所で回想を挟む展開は読みづらかったが、中盤以降はノンストップの展開で、息を呑む暇なく幕切れを迎える。『虐殺器官』で感じられなかった、「読者への挑戦要素」が『ハーモニー』にはあった。

 

 ここまで書いておいて、ほとんど内容に触れていない。 『ハーモニー』では、医療システムに支配された世界にて、健康・幸福の追求こそが人々の絶対的価値観とされている。物語の展開も、登場人物が「生命主義」に抗う姿を中心に描いていくのだが、その戦いのなかで「人が社会をかたちづくるのか、社会が人をかたちづくるのか」、「人間らしさを定義するものはなにか」、「意識とは?葛藤とは?」などさまざまな疑問が、”読者の視点から”湧いて出てくる。健康であることを余儀なくされた世界では、ラーメン二郎の画像さえも、児童ポルノ以上に禁忌な存在として扱われるだろうか。

 

 医療福祉に関わりのある者が『ハーモニー』に興味を持ったなら、優生思想、パターナリズムの極地、措置的医療処遇の終着点がこの物語にある、と思って読んでほしい。病気や障害は治すもの、自殺は社会のリソースを減らすもの、生存権は保証されるもの。当然のように叫ばれると、いつしかマジョリティとして大衆が納得してしまう怖さがある。個人の幸福を追求した「生命主義」が、結果として無個性な人間を量産させる矛盾が示すのは、自己決定権を社会に委ねた人間に対する、作者なりの警鐘だろう。

 

ハーモニー ハヤカワ文庫JA

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ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

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虐殺器官 ハヤカワ文庫JA

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