相模原障害者施設殺傷事件における「措置入院」の言説・報道を考える
はじめに
あまりに痛ましい事件、言葉にならない。ただただ無念である。
とはいえ、精神医学・社会福祉領域に携わる人間として、今後の世論の動向には目を光らせていきたい。日本の精神医療施策は、常に先立つ事件があったための法改正という形をとってきたからである。
今回、容疑者が凶行に及ぶ数カ月前に、市内の病院で措置入院していたことがメディアでこぞって報じられている。措置入院の制度を見直す議論も既に始まっているらしい。もし法改正が起きるとしたら、対象となるのは、措置入院制度を定めた精神保健福祉法か。重大な他害行為を行った精神障害者への処遇を定めた医療観察法か。退院後のフォローアップを含む、障害福祉サービスを定めた障害者総合支援法か。はたまた刑法か。
いずれにせよ、歴史が示すとおり、法改正が社会的気運に左右されるのは避けられないだろう。そして、その気運を醸成するのは、各種メディアの報道のありかたである。
そこで本記事では、全国紙・地方紙・ネットニュースから措置入院に関する社説・言説・報道を抜き出してまとめてみる。
検索方法
Googleニュースにて『措置入院 ◯◯新聞』と検索し、措置入院に関する意見が記述されているものを選定した。あるいは、ニュースサイトの検索窓で『措置入院』と検索してヒットした記事を選定した。
事前知識
措置入院とはなにか?措置入院制度の見直しって?事件直後の報道は?という疑問への解答は、以下の記事に詳しい。
読売新聞
措置入院制度そのものの記述は少ない。事件の真相解明に徹している印象。
以下の記事は、今回の事件とは直接の関係はないものの、精神医療の現状を知る上で有益な記事である。
放置された指定医の暴走 : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
精神科で患者拘束1万人超、10年で2倍…「安易に行う例」指摘も : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
朝日新聞
退院後のフォロー体制や、措置入院解除の判断について意見記述あり。
産経新聞
池田小事件と絡めて、制度への徹底的な検証を促している。全国紙のなかでもとりわけ語気を強めている印象。
毎日新聞
措置入院に関する記事が非常に豊富だった。「動機の判断は慎重に」との記述は、「まずは動機の解明を」とする読売新聞と違える姿勢である。
質問なるほドリ:措置入院って?=回答・細川貴代
http://mainichi.jp/articles/20160727/ddm/003/070/046000c.html
日本経済新聞
措置入院そのものよりも、警察や行政への批判を強めている印象。
神奈川新聞(カナロコ)
ひとつめの記事にある、措置入院の流れが非常にわかりやすい。今後の精神医療に対する偏見の悪化を危惧する記述あり。
東京新聞
日本経済新聞と同じく、関連機関の情報共有を促している。また、今年4月に施行された障害者差別解消法に触れているのはこの新聞だけかも?
BLOGOS
識者の意見まとめとして、いくつかピックアップ。中田さんの「19人?どこの国のこと?」は、神奈川県に縁深い公人としては率直すぎるだろ、とツッコミたい。
鈴木宗男
中村ゆきつぐ
中村さんは以下の記事も興味深い。
治療を受けない自由;加害者の人権と被害者の人権 精神科医療と情報
Arisan
中田宏
小宮山洋子
JCASTニュース(ワイドショー通信簿)
『たった12日間』という、もっと入院させとけよ言説をあからさまに書いているのが以下の記事。おおむね、昨今のワイドショーの姿勢としては一般的なものであろう。
Togetter
Twitter界隈の意見箱としてのトゥギャッターまとめ。
まとめ&寸感
報道のシフトに違和感
事件直後は「職員時代の待遇に不満か」なんて報道もあったのに、容疑者が精神障害者だとわかった途端、「入院時点でなにか策はなかったのか」的報道へ一斉にシフトしてる気がしたんですよね。それに違和感を覚えて。指定医だって、容疑者を措置入院から解除したときに「3ヶ月後に絶対に犯罪を犯さない」とはわからないでしょう。あくまで2016年3月時点に「まぁこの患者は人殺ししない程度には落ち着いたかな」と判断するわけですから。12日間で落ち着いたのであれば、「早期集中治療が功を奏した」と思われていたかもしれない。
なぜ『措置入院』の報道を注視するのか
いくつか理由があるけど重要なのをかいつまめば、やはり犯罪防止の観点からいけば、「措置入院は対処療法に過ぎない」と考えているからである。それこそ、容疑者本人のパーソナリティ、生活歴、家族歴、交友関係、薬物使用、職員時代の待遇、入院治療、障害福祉サービス、ありとあらゆる点から事件を防ぐ手立ては見つかったとは思うけど、やっぱり全部を変えるよりかはひとつ(措置入院時の処遇)を変えたほうが手っ取り早いと考える人が多いのかもしれない。とはいえ、病院にしたって病床数が限られているし、「ヤバそうなやつは、とりあえず入院させとけ」ってのは、どだい無茶な話である。措置入院の制度改正に限界を感じているからこそ、昨今の報道を注視している。というと、なにか矛盾めいたものがある。
市民レベルの今後を報じる報道も欲しい
先日の誘拐監禁事件にしてもそうだが、「なぜ事件が起きたのか」や「どうやって防ぐのか」ばかりクローズアップされていて、「このような事件が身の回りで起きたらどうすればいいのか」とする今後の対応を論じるメディアが少ない。震災報道では、どのチャンネルでもボランティアの受入れやインフラの復旧状況など、今後の対応ばかり報じていたのに。たしかに原因や動機を明らかにすることで、視聴者である一般市民の不安はいくらか払拭されるだろう。ただ、それこそ刑事ドラマのように一本筋の通った動機なんてまずありえないし、報道の自由を盾に容疑者の生活歴をそっくりそのまま報じるのはメディアの横暴ではないか。それに、事件の原因を突き止めたところで、一般化された教訓を示さない限りは、今後の防止策に資するかどうか疑わしい、というのが正直な感想。
重複障害を知るなら『どんぐりの家 / 山本おさむ』
最後に、重複障害者の当事者、家族、支援者を描いた作品を紹介したい。重厚なテーマだが、スイスイ読めるし非常に面白い。作者の丁寧な取材と筆致に驚かされる。耳が不自由で知的発達の遅れもある子どもに、どうやって言葉を教えるのか。自傷行為に走る本人から、家族・支援者ののバーンアウト、社会の偏見、そして様々な困難を乗り越えた感動に至るまで、見事に描き切っている。